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視覚障害児の教員訓練への課題型学習(Problem Based Learning)アプローチ

Mike McLinden and Steve McCall
Birmingham大学(イングランド)教育学部、視覚障害領域 講師

Birmingham大学は、視覚障害児のための教員養成では長い伝統を持っている。大学キャンパスで行われるコースは1960年に始まり、1983年には遠隔教育プログラムが開発された。そして1990年にはキャンパスベースのコースに代わってもっぱらこの方式がとられるようになった。現在、100名を越える学生が2年課程の遠隔教育プログラムに登録されており、毎年だいたい50名の新入生を迎えている。

いま行われている遠隔教育プログラムは、4つのコア・モジュール(課程)に加えて、博士論文作成課程か研究プロジェクト課程から構成されている。普通校での教育経験のある学生は、その教育プログラムにおいて毎年行われている教育実習と2級点字のテストが課せられる。このプログラムは、地域のチューターと教育実習先のスーパバイザ−の支援を受けており、学生は、定期的に行われる地域セミナーと、年2回大学で行われる泊りがけの週末訓練セミナーに出席しなければならない。4つのコア・モジュールは、学期の初めに郵送されてくる教材で学習し、提出された課題によって評価されるというように、ほとんどが記述されたものによって教育が行われる(詳細については、Arter等, 2002の本プログラムの現在の仕組みと配布を参照)。しかしながら、様々な反響をきいて、いま遠隔教育プログラムを見直している最中である。この教育プログラムを改良しようとしたのは、次のような要因が動機となっている。

ニーズの変化:児童

英国における視覚障害を持つ児童のニーズがより複雑になってきた。重複して障害を持つ視覚障害児の比率は確実に増加しており(Keil, 2003)、視覚障害を持つものとして登録された児童の半数以上を数えるようになっている。ここ10年間で、乳幼児指導(early intervention)やインクルージョンに対する政府の姿勢や予算にも変化が出てきた。視覚に障害を持つ児童のための特殊学校は、1年に1校程度の割で閉鎖されており、特殊学校に通っていた視覚障害児の大部分は、重度の学習障害を持つ児童のための学校に通ったり、視覚障害児の学校でないところに通っている。

ニーズの変化:教師

遠隔教育訓練プログラムが設立された頃は、プログラムに参加した教師のほとんどは視覚障害児のための特殊学校から来た人たちであった。その学校では、専門知識や経験を共有できる同僚が身近かにいた。いまや教師は包括的な訪問教師サービス(generic visiting teacher service)の一部となっている傾向が強く、重度学習障害(Severe Learning Difficulties: SLD)を持つ児童のための学校で働いている人が多い。この学校では、彼らは視覚障害の唯一の専門家となっている。彼らに何を期待するのかの多くは、問題を解決することであり、通常は一人で行うが、時には他の専門家との共同作業で解決に取り組むのである。これらの教師が必要とする知識や理解、スキルは同様に変化してきた。例えば、重度の学習障害を持つ盲児に関わる仕事をしている教師は、コミュニケーションや初期の読み書きの発達を促進する点字ためのだけでなく、触知覚コードや記号のシステムの正しい知識が必要である。乳幼児に対する初期介入(early intervention)が盛んに行われるようになることは、幼児の家で両親と一緒に年少の幼児に関わって仕事をしていく機会が多くなることになるし、インクルージョンの方向に変化してくれば、教師は相談やコンサルタントの領域において特殊な訓練が必要になってくることを意味する。

期待の変化:政策

イギリス政府の政策課題は、教育や指導に関しては、証拠に基づくアプローチに軸足をはっきり置いてきているし、児童と教師両方をどうするかにターゲットをおいている。政府の教師訓練機関はある基準を作って、視覚障害児教育の専門家に要求される「知識、理解、およびスキル」は何かを定義している。そして承認を得るために、視覚障害の訓練コースは、当該教育プログラムを実践すれば、これらの基準を満たした教師ができあがるという証拠を用意しなければならない。

この領域で働く教師の変化に富んで複雑なニーズに応えて、我々は、2004年の学生受け入れに向けて、現在プログラムを見直しているところである。改良したプログラムは、オンライン資源を最大限活用することになるし、新しい指導方法を導入することになる:すなわち、課題に基づく学習(Problem Based Learning)(PBL)である。

1969年にカナダで始められて以来、課題型学習(PBL)は、多くの国において医療従事者訓練のための確立された適切なアプローチになってきた。このアプローチは、実践や治療が急速に変化しており、患者のケアが確実に複雑化している分野にあって、知識の伝達手段としての教義的で講義形式のアプローチを崩壊させる結果として発達した。

イギリスでは、医者や看護師、理学療法士などの学部段階の訓練コースでは、多くの場合PBLを中心にして構成されている。PBLの実施状況は大学によって異なっているが、PBLコースにいる典型的な学生は少人数のグループで仕事をする。これは、日々の実践から引き出されてきた生身の生活問題を取り扱うためである。グループは世話人(facilitator)がサポートするが、通常は指導スタッフのメンバーが当たり、彼らの役割は学生の学習を直接指導することよりも、彼らの学習を支援することにある。PBLでは、課題はケースの形で提示されることが多い。例えば、ある子どもが、明らかな発作を起こした後で教育実習病院の救急室に救急車で運ばれた。その子どもについての医者の最初の検査知見とともに、当直医が利用できるその子どもの詳細が当該の学生たちに与えられる。学生はさまざまなレベルでのいくつかの異なった見方でその問題を考えることを奨励される。例えば、学生たちは子どもの発作を説明できる病気を考えるだろう。また、学生たちは家庭環境のような貢献要因に注意を払うかもしれない。さらに、治療は何かということも考えるだろう。これらの検討は、利用可能な資料と適切な方策とに注意を払ったものである。

この問題の基本的な論議は、どうしてもその後の調査や研究を必要とすることになるだろう。また、学生に勉強をさせる学習課題として定義されるものでもある(Dolmans等, 1997)。学生達が上達してくると、彼等が課題解決に向かって仕事をするように、世話人から付加的な情報が与えられる。そのプロセスの最後に、学生は彼等の知見をチューターにフィードバックし、次のケースに進む前に、課題に対する実生活での解決法が明らかにされる。

PBL学習は、最近では建築学、心理学、あるいは教育学などのような領域で広く採用されるようになってきたが、我々の知る限りでは、イギリスにおける視覚障害児のための教員養成教育では使われてこなかった。PBLが要求するマルチ・レベル分析は、Aiken, Millar and Nisbet (2001)がコメントしているところによると、重複障害を持っていたり視覚障害を持つ子どものための環境を改良できる有用なツールであるとしている。Aitkenの論文を読んだ後で、我々が考えていた全体的な構造改革の一部として、PBLをBirminghamのコースに適用できるかどうかを考え始めたのである。

PBLアプローチがこの領域のレーニングに使えるということはわかったが、一応いろいろな試みを調べてみた。遠隔教育へのPBLの適応は、あまり手がつけられていない。我々が見てきたように、PBLは学生が少人数で作業することを要求するので、電話やインターネットが主なコミュニケーション手段である場合は、PBLはかなり難しいだろうと感じていた。さらに、オンラインの世話人の役割をどうするか、よく考えてみる必要があった。リソース(教育資源)へのアクセスは、キャンパスベースの学生よりも遠隔教育の学生の方が困難であるし、情報収集に必要なテクノロジーの取り扱いに強くなる必要があるだろう。そのため、我々は大学の学習開発研究のための目的を調査研究に向けたのである。資金面での努力はうまくいき、異なる地方出身の6人の学生を2つのグループに分けた試験的な研究をいま行っているところである。

学生は、新しい教育プログラムのひとつの課程(モデュール)に関わって、2週間にわたってPBLの使用を試している。このモジュールの狙いは、参加者が、視覚や人の視覚プロセス、および学習や発達途上での視覚障害の影響などの知識や理解を広げようとするものである。我々が視覚プロセスを学習テーマとして選択した理由は、それらが、PBLが開発された医学と重複する領域であることと、知識が急速に発達している領域であり、インターネットを通して多くのの情報が入手可能であると考えたからである。この領域は、同時に、問題の統合や、仮説の般化、可能な情報の臨床的評価、データ分析、我々がPBLの中心としてみている意思決定などにも適していると考えているのである。

現在の研究の一般的な目的は、

  1. どのようなオンライン教材がこの領域で開発されたのか、それらとプロジェクトとの関係を決定すること。
  2. 大学の医学部にいてPBLを使っている同僚とのインタビューを通して効果的な実践のキー要因を確立すること。
  3. PBLの原理を利用しながら、オンライン教材の試験的なセットを計画し、開発し、試すこと。
  4. 視覚障害領域の研究改革プログラムにおける、インクルージョン教育に必要な教材を評価して洗練すること(2004年9月から開始)。
  5. 関係のある雑誌、協議会、研究セミナーなどを通してプロジェクトで得られた知見を報告し、教育学部において進められている他の遠隔プログラムを比較検討すること

我々は、このモジュールの終わりまでに、学生の資質を、視覚障害児の教師に必要な基準とマッチさせなければならないし、次のことができなければならない。

  • 人の視覚プロセスにおける主な解剖学的な機構を定義し、このような構成部分の機能や役割を説明できること;
  • キーになる解剖組織と関係づけて、さまざまな正常な子どもの視覚条件の範囲を説明して、学習や発達のための条件が障害されたときに、どんな事態を引き起こすのかという予測を分析できること;
  • 身体的、情緒的、および社会的観点から、視覚に障害を持ついろいろな子どもの視覚と学習ニーズを定義し、これらのニーズをインクルーシブ教育の領域で分析する。
  • 視覚障害児を支援する際の指導計画を一般化するプロセスにおいて考慮すべき身体的、生物学的、および行動メカニズムの相関的な特性を同定できること;
  • 問題統合のスキル、仮説の般化、利用可能な情報の臨床的評価、データ分析、および意思決定を含む、効果的な論証プロセスの証拠を用意できること;
  • 学習者として自律するのに必要なスキルを示すことができ、グループのメンバーと同じように自分の教育ニーズを認知でき、オンライン教材を含めて利用可能な学習教材を効果的に利用できること;
  • 学習を発達させるために補償技術を利用するときに、いろいろな情報通信技術(ICT)を効果的に利用できるという証拠を用意できること。これらにはオンライン上の指導・議論グループへの貢献や、キー情報のためのオンライン検索、オンライン上で作成するモジュール・ポートフォリオなどが含まれている。
  • 作業は、学生による研究で用いられたケースの発達状態に応じて始まった。視覚障害児のための訪問教師サービスシステムの経験あるヘッドの助力を得て、視覚障害児に関係するいろいろな短いシナリオを作成した。

    例えば、我々の最初のオンライン・シナリオは、家族が新しい地域に最近引っ越してきて、新しい学校での生活をスタートさせようとしている、白内障と眼球振とう(nystagmus)を持つ子どもに関するものであった。主役のキャストは、主任教師、生徒、クラス担任、子どもの母親、および子どもの訓練を始めたばかりの新任の視覚障害児教育の専門教師である。生徒は、アクセスを制限されたウェブサイトに入って、それぞれの配役のオンスクリーン写真を見ることができる。そこには、配役たちの間で仮想的に交わされたキーになる電話会話の記録が用意されており、参照の書式と記録のコピーも用意されている。学生たちは、専門教師の役を演じるように依頼され、各グループは次の週までにやっておく多くの宿題が課せられる。学生間のコミュニケーションはインターネットを介して非同期的に行われ、必要に応じて電話による会話も許容される。タスクは複雑で変化に富んだものである。例えば、第2週では、学生たちは子どもが新しい環境における特定の場面に関して、遭遇する困難点は何かということを答えるように求められる。例えば、クラスルームの配置、座席、照明など;コミュニケーション、仲間との相互作用;読み書き能力;移動と定位など。第3週では、学生たちは、子どもの母親との面接を行わされ、親が聞いてくる可能性のあるいくつかの質問を与えられる。例えば、眼球振とうとは何か、将来悪化するのか。めがね技師と眼科医とは違うのか。家族が頼みにする支援グループやボランティア組織があるのか。LVA(Low Vision Aids;弱視用補装具)専門家、歩行専門家、あるいは教育心理学者はどんなことを行うのかなどの質問に正確に答えなければならない。

    本プログラムは、WebCT (Web Course Tool; 訳者注:Web上に用意された授業を運営管理するシステム、http://www.ritsumei.ac.jp/acd/mr/i-system/webct_faq/first_step.htmlを参照)様式が基になっており、学習環境を作り出す経験豊富なウェブデザイナーが関わっている。この新しいアプローチは潜在的な可能性に満ちている。例えば、我々はオンライン・シナリオにビデオ・クリップを組み込むことができるし、ウェブサイトにリンクを張ることもできるし、オンライン・ジャーナルに論文を載せることもできる。また、クラスのオンライン版を作って、学生が家具の配置や証明の程度をコントロールするといったこともできる。さらに、各グループの進度を記録したりチェックしたりできるので、各グループが発見した新しい資源を収集したり、後の学生の利益になるように利用しやすく整理しておくこともできる。

    我々は、各グループが活動グループ(Activity Group)として割り当てられた大学において、本プログラムの説明会を開催した。学生はこれから顔合わせをして、どんなことが期待されるのか議論したり、情報技術やオンスクリーン環境への適応訓練をする。彼等は、次に最初のシナリオを与えられ、第1週のタスクから課題セットを与えられる。その後うまくいくかどうかは、各グループの中でどのようにしたらきちんとした構造を作っていけるかにかかっている。我々は、2つのキーになる役割を決めている。すなわち、「コーディネ−ター」(coordinator)は、チューターと協力してグループにタスクを続けさせる。「統括者」(summariser)は、グループの議論や知見を要約して、週の終わりに知見の分析を添えて、要約をチューターに提出する。週の初めに、新しいコーディネーターと総括者がグループの中から指名される。各グループは、12週にわたって2つのシナリオを調査・研究する。提案された主な評価法は、モジュール・ポートフォリオというもので、当該のモジュールに定義された学習成果に見合った検証を、学生が提出するものである。したがって、ポートフォリオには、PBL活動を通して得られた知識や理解プロセスを反映した議論が含まれるわけである。モジュールのチューターからのフィードバックは、ポートフォリオや大学内とオンラインの活動期間の個人成績として現れることになる。

    試験的な研究からの知見が今年末には利用可能になり、専門教師の訓練において同じ様なアプローチをしようとしている人たちからの反応に期待しているところである。

    文献

    1. Aitken S, Millar S, Nisbet P (2001). Applying the new medical model: intervening in the environment of children who are multiply disabled The British Journal of Visual Impairment 19,2, 74-80.
    2. Arter C., McCall S. and McLinden M. (2002). A distance education programme for teachers of children with visual impairments in the United Kingdom Journal of Visual Impairment and Blindness 95, 9.
    3. Dolmans D, Snellen-Balendong H, Wolfhagen I, Van Der Vleuten PM (1997). Seven principles of effective case design for a problem-based curriculum Medical teacher 19,3 185-189.
    4. Keil S (2003). Survey of Educational Provision for Blind and Partially sighted Children in England Scotland and Wales British Journal of Visual Impairment 21,3, 93-97.
    (訳:黒川哲宇)

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